これもまあ数年後に読むと気持ちが変わってるんだろうなと思う。
学生時代や研修医時代に倫理的にヤバいなとか思っていた人や医者として好ましくないなと思っていた振る舞いをする上級医が、実際に臨床に出るとまともな医者だったりして。
逆に腰が低くて優しかったり、穏やかそうな人が同僚となるとヤバかったり。ヤバいというのは勤怠の話ではなく、患者に害だとかガイドラインすら読まないとかそういう意味で。
本題。
結局のところ患者さんがみると治療に影響を及ぼしてしまうから、ということなのかきれいごとが好きな人が多いのか本当に実践的な外来の本がない。春日武彦先生の本は大好きなのだが、まああれも一部からは評判が悪いわけで。
本当に正しい、患者のためになる外来というと患者さんや一部のコメディカルの人たちは
傾聴してくれる、優しい
ということになるんだろうが
基本的に長く通うという精神科の特性上は持続可能な外来がまず大前提だと思う。
もちろん病気の症状でないという前提だが、いわゆる神経質でクレーマー気質の人に対して前向きに指導をしたり、薬剤調整をしたり、近医に紹介するというのは本当に面倒なこと。
だいたいこういう人は攻撃的、というか攻撃することで自分の要望を通してきた経緯があることが多いので、言われるがままに薬を出し、本人の望む診断書を書き、自分の休み時間を削ってでも長い話を聞き続ける。
正直なところ自分だけ、と考えると仕事と割り切ってこういうことをしたほうが楽だし、現にチェーンメンクリなんかはそうなんだろうなと思う。楽だもんな。
しかしこちらも仕事として真面目にやっている部分があるので、まあそんなことはできない。
かなりの年収をもらえれば金のために魂を売り渡せるのかもしれないが、独身の身ではそこまで魂は捨てられない。
研修医の時に親切でなんて優しい先生なんだろう、と思っていた先生は実際引き継ぐ側になるととんでもないなと思うし、発言がヤバいと思っていた先生は発言はやばくても患者に対して誠意を持ってしっかり治療をしていたりする。評価は変わるもんだなと思う。
以前、10年来のF4〜F6外来みたいな、これはもうどうしたらいいんでしょうか…というのを受け持っていたことがある。
当時は発狂するかと思ったし正直もうやりたくはないが、その外来を持った後で患者の長期予後を考えるようになった。
もちろん10年以上に渡り治療が膠着している人は一部で、そうでない人はそこから去っているだけという話もあるが、自分が初診でみたりまだ通院期間が短い方の場合にどうやったら焦げ付かせないかを意識するようになった。
例えば、明確に内因性のうつ病というわけではない、適応障害レベルの人の場合には安易にゆっくり休みましょうだとか、休めるだけ休みましょうだとかを言わないとか。そういう方に休職や薬を勧める時には、あくまで部分的ですよとお話するとか。
何かの講演会で内因性の適応障害という表現をみて興味深いと思った記憶がある。自分は初診の際には極力抗うつ薬は出さずに眠剤を出していたが。
昔の流行りとしてうつ病の神経症化、とかいうのもあったな。
ゆっくり休むだけ休んで、数年間休職をしたその先にあるものとは?と思うと、やはり責任は重いなと思ってしまう。
年金生活にそのまま突入できる年齢でもなく、資産があるわけでもなく、清貧が好きな人でもなければいつか仕事はしないといけないわけで。
正直なところ耳障りの良い言葉を囁いて、「やる気が出ないうちは休みましょう」とかいって休職と傷病手当の診断書を更新し続ける外来はまあ楽ではある。その瞬間は患者さんもホッとするし安心するし。
こう書くと、いわゆる詐病のような人がいるのでは?と思われそうだが詐病の人は基本的にいない。
精神科は嘘発見の仕事ではないので、辛くて眠れないし気分が沈みますと言われればそれを事実として受け取るのが基本的な仕事なわけで。そして、詐病であれば本人も分かっているのでご自由にというわけである。
問題は詐病ではない、善良な患者さんたちである。しっかり休めば、抗うつ薬を飲めばやる気が出て気分が晴れると思っている。医者の指示通りにしっかり休んで薬を飲んでいるのに元気にならないなと悩むわけで。よくSNSでサボりだ疾病利得だと言われるけど、基本的には患者さんは被害者なんですよね。
もちろん世の中に心底サボりたい、みたいな人がいないとは言わないが、そういう人は生活指導をされた時点で恐らく去り、面倒なことを言わずに診断書発行マシーンをしてくれるクリニックを探すので生活指導をされつつ通院を続けているという時点でみなさま真面目でちゃんとした方なんだよなあ。
そういう方の人生を長い目でみて壊さない、そういう外来をしたいものです。